【レコード芸術】誌評 【特選】 2006年3月号


ZMM0601 ・ゼール音楽事務所

室井摩耶子 《 月光の曲 》 ライヴ

・ベートーヴェン:ソナタ 第14番“月光の曲(収録:16分29秒)

・シューベルト:ソナタ 第21番 “遺作(収録:47分19秒)

 

● 日本のピアノ界が持つ“真のマエストラ”

 濱田滋郎

室井摩耶子女史は、日本のピアノ界が持つ数少ない真のマエストラの一人と言えよう。このディスクは女史が昨年10月8日、東京の白寿ホールで催した「84歳でのリサイタル」をライヴ録音にとどめたもので、残念ながら当日そこに居合わすことを得なかった私としては、心から喜ばしい、そしてホッと安堵もさせられる1枚にほかならない。曲目はベートーヴェン「月光ソナタ」とシューベルト「最後のソナタ」(第21番)であるが、どちらの演奏も「すばらしい」の一語に尽きる。どんな点がすばらしいのか。それを語るにはたくさんの言葉が要るようでもあるし、また逆に言葉にはなんの意味もなく、ただ「お聴きなさい」というほかない、という気もする。室井さんはみずから筆をとられた解説において「ライヴ録音は演奏家にとっては危険極まりないことなのであるが……(中略)……随分悩んだのだが、『2005年10月8日の私』ということの記録としてこの録音をCDにすることを決意したのだった」と述べておられる。これに関しては、もしもたとえこのCDにライヴゆえの不備な点が見出せると仮定しても、ライヴならではのプラス面のほうが強く、おそらく遥かに強く働いているに違いないという私の判断を記させて頂きたい。「演奏会場の演奏というのは聴衆の熱気と一緒になって、音楽は燃え上がり、白熱の光を放つもの」とも女史は書かれているが、まさしくそのとおりで、1フレーズ、1音符に込められた瞬間瞬間の感興が、楽曲を真に歌わせ、嘆じさせ、燃焼させていく様子には、聴く者も深く打たれずにはいられない。なんと極上な陶酔感、しかもこの陶酔感はけっして独り善がりの所産ではなく、長年にわたる真摯な研鑽、譜面のかなたに在るものへの凝視によって、おのずと美しくコントロールされているのである。その上、演奏ぶりは、楽曲のすべてを表現するための「力」をも、けっして失っていない。どうかこの後も健康を保たれ、14年後、本当に「白寿」になられた日にも、同じホールでリサイタルを催されるマエストラであらんことを。

 

● 大らかに舞う。すべてが心のまま。

 那須田務

大正10年のお生まれだから、今年で85歳になられる室井摩耶子氏は、東京音楽学校でクロイツァーに学び、日比谷公会堂で日響と共演、1956年のモーツァルト記念祭に日本代表としてウィーンに派遣され、同年に第1回ドイツ政府給費留学生としてベルリンに留学。ロロフ、ケンプに、ウィーンでハウザーに師事したという。戦中、戦後に一世を風靡し、今もって現役という、わが国ピアノ界の長老である。そんな室井が昨年、白寿ホールで行なったライヴ録音。「月光」の冒頭楽章から遅めのテンポを採り、やわらかな音色でしみじみとした感興とともに弾いていく。続く楽章はアレグレットもそれにあわせてゆったりとしたテンポだが堂々たる風格に満ちている。その音色はこれまでの長い音楽人生の重みの凝縮されたもの。終楽章も矍鑠とした力強いタッチ。シューベルトの第21番のソナタの第1楽章が絶品。ひとつひとつの音やパッセージの意味や心情がじっくりと噛み締めるように奏でられていく。その悠揚迫らない様や純化された音楽は、ホルショフスキ晩年の日本ライヴのそれに通じるものがある。なんといってもライヴなので、万全とはいいがたいし、現代的なスマートさや洗練とも違うものだが、虚心に耳を傾ければここから得られるものは多いはず。第2楽章の濃い幻想味、スケルツォはテンポが微妙に伸びたり縮んだり、大らかに舞う。すべてが心のまま。曲が進むにつれて透明度を増していく。すばらしいです。

 


【音楽現代】誌評 【推薦】 2006年4月号

 

●温かみのある音色、愛情に満ちたヒューマニステックな名演。

 青澤唯夫

2005年10月8日のライヴ録音。1944年に日響(現N響)のソリストとしてデビューして以来、W.ケンプの愛弟子として内外で華々しく活躍し、60年にわたって現役の第一線を走り続けてきた名ピアニストの最新録音。〈月光〉ソナタは、最近の人気ピアニストには求めがたい温かみのある音色による人間味あふれる真摯な演奏で、ベートーヴェンのへの深い思いが伝わってくる。長年弾き込まれ、錬磨されてきた表現だけに、味わい深く説得力がある。私は思わず自筆ファクシミリを取り出して、その熱意あふれる筆致をながめながら感動をともにした。

シューベルトの大曲もまた含蓄に富み、作曲者とこの遺作ソナタへの共感、人びとに音楽的メッセージを伝えようとする愛情に満ちたヒューマニステックな名演である。作品の要諦を知り尽くし、聴かせどころを心得ていて、長大な曲なのに表現に無理も無駄もない。多彩なレパートリーの持ち主だけに次作を期待したい。

 


【ぶらあぼ】誌評  2006年4月号

 

●なぜドラマティックに聞こえるのだろう。

 長野隆人

音量的なダイナミズムはあまりない。テンポは総じてゆったりだ。しかし録音時に84歳だった室井の演奏は、なぜドラマティックに聞こえるのだろう。右手の歌は、時に独特の「ため」を伴い微妙に引き延ばされる。その緊張から解き放たれた瞬間、聴き手の前には次々と別の視界が開けてくる。そして左手は、これまた独特のバランスを持った和音のぶつけ方と、歌とが入れ替わりながら右手と絡み、増幅する。「月光」の第2楽章の左手に、まだこんなに歌が隠れていたとは。かくて室井は別掲の内田光子とは正反対のアプローチで、作曲家の魅力を引き出した。

 


【レッスンの友】誌評  2006年4月号

 

●楽曲に対する理解と共感に満ちた名演

デビュー以来60余年の超ヴェテランピアニスト。今さらご紹介でもないが、若い読者の皆さんのために、プロフィールを。

 1921年生まれ。東京音楽学校(現・東京芸大)を経て研究科(現・大学院)で研鑽を積み、’44年1月、日比谷公会堂で日響(現・N響)ソリストとしてデビュー。’56年モーツァルト生誕200年記念祭に日本代表としてウィーンに派遣され、同年第1回ドイツ政府給費留学生に推挙され、ベルリン音大留学。'60年巨匠ケンプの推薦でベートーヴェン作品4曲によるリサイタルをベルリンで開催、その大成功でヨーロッパでのキャリアの第一歩をきずいた。以降今日まで、その弛まぬアーティストとしての研鑽、演奏に対する姿勢は尊敬に値する。

 このアルバムは2005年10月8日に開催されたコンサートのライヴ盤であるが、いずれも室井の楽曲に対する理解と共感に満ちた名演と言えよう。(CD探訪)

 


【CDジャーナル】誌評  2006年3月号

 

●“大切なもの”は何かを教えられる。

 長谷川教通

デビュー以来、60年以上も第一線で活躍したピアニストの2005年のライヴだ。少々音にムラがあろうとテンポが乱れようと、そんなことはまったく関係ない。一音一音を慈しみながら紡いでいく彼女の演奏に“音楽にとっての大切なもの”は何かを教えられる。

 

 


 

【日経新聞】2006年3月3日(金) 夕刊 p.24 より

●ベテランならではの味わいに満ちている。

2005年10月8日、東京・渋谷の白寿ホールでの実況録音。かつてドイツ音楽の大家ケンプに師事したピアニスト室井の84歳の記録である。ベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ第14番『月光』」とシューベルトの「同第21番」。しっかりした音楽の骨格の中に明滅する多彩な表情と内面の豊かさは、ベテランならではの味わいに満ちている。 

 

 

 


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