室井摩耶子〜米寿記念コンサート・ライヴ 誌評 

レコード芸術  《特撰盤》

 室井摩耶子女史が先般めでたく米寿(88歳)を迎えられ、それを記念するコンサートが、2009年6月28日、Hakuju Hallにおいて開かれた。当ディスクはその折のライヴ録音で、これを期に自ら、近況に始まってバッハ、ベートーヴェンの真の偉大さに触れた体験を中心に、ピアニスト、音楽家としての自分を語った「トーク」が18分半ほどの長さをもって、最初に入っている。話し声もまことに穏やかでめでたい限り。演奏に入って奏でるのはまずバッハで、《平均律クラヴィーア曲集》から第2巻第7曲(変ホ長調)、同じく第1巻第22曲(変ロ短調)、それに《幻想曲》ハ短調BWV906の3篇が聴かれる。バッハにおいては(否、バッハに限らずすぐれた音楽においては)一パッセージ、一音たりとも「何事かを語って」いない音符はない、という事実に目を開かされた、という意味のことを女史は言っておられるが、これらの演奏こそが、その真理を“目に見える形で”世に示すものにほかならない。心してこの演奏に耳傾けたあとでは、誰しも改めて、音楽というもの、音符というものに宿る奥深い意味について沈思しないわけにはいくまい。後半に聴かれるベートーヴェン最後のソナタ、ハ短調(作品111)の演奏についても全く同じ。若い人たちでもおそらく疲れ切るほどの(肉体的かつ精神的)エネルギーを要するであろうこの大曲を米寿の女史は堂々と弾き切ってみせ、しかもすでに言ったとおり、にじみ出る滋味、余韻のほどは比類がない。CDの世界にも類例の少ない、真に敬いかつ愛すべき1枚である。                                

(濱田滋郎)

 今年、88歳を迎えられた室井摩耶子による、『米寿記念コンサート・ライヴ』。いつものように前半にトーク、後半に演奏という構成である。歳をとるとデメリットとメリットがあっていろいろ大変とおっしゃりながらも、トークは生き生きとして軽妙、18分もお話をされる。前回のテーマがバッハだったこともあって内容の上で若干重なるところもあるが、肝心なことは何度聴いてもいいものだ。ご自分の体験や考えたこと、感じたことを分かりやすく話されて説得力があるし、その内容はまさしく真実の重みがあり、筆者も毎回楽しみにしている。「楽譜通りに弾くこと」のくだりでは、《月光》の冒頭を実演して、弾き方一つでこうも表情が変わると示してみせる。後半のコンサートはバッハの《平均律》とベートーヴェンの最後のソナタ。前回のコンサートでは正直言って、トークのデモンストレーションの方が、音が生きていたと思うのだが、(その辺りはライヴの難しさだろう)。今回は冒頭からすばらしい。《平均律》第1巻の第22番はまさに理想的な脱力で、音が生き生きとしていて、フーガの旋律も心に染みる。そしてベートーヴェンの第32番のソナタ。その語り口は含蓄があり、多少綻びもあるが、多彩な情念に彩られて実に味わい深い。最終楽章の清浄な明るさは感動的だ。いつまでもお元気でご活躍されることを心から願ってやまない。                             

(那須田務)

音楽現代  推薦

 生涯現役をうたう室井摩耶子の2009年6月<米寿記念コンサート>のライヴ録音。ラローチャの86歳での訃報が告げられた夜、私はこの新譜評を書く巡り合わせになったのだが、「室井さんがお元気でよかったな」とその幸せを噛みしめている。ピアニストとして元気だというのは知力、体力、精神力、技量を維持されていることで、彼女の豊かなキャリアと人生が音楽となって響いている。最初に味わい深いトークがあり、ベッハの「平均律」からの二曲とハ短調の幻想曲、それに自家薬籠中ともいうべきベートーヴェンのハ短調作品111が収録されている。ライヴ故に完璧ではないが、多くの方に聴いていただきたい演奏である。                          

(青澤唯夫)

CHOPIN

 09年6月22日に白寿ホールでおこなわれた「室井摩耶子米寿記念コンサート」のラウブ。まろやかな美音、なめらかなレガートが音楽を暖め聴き手の心を潤す……バッハの幻想曲がモーツァルトのそれを思わせて玲瓏と響き、ベートーヴェンのアリエッタはまさに神韻縹緲……彼女の音楽への愛が深まり、昇華しての絶妙演。      

(壱岐邦雄)

CDジャーナル

 1921年(大正10年)生れの彼女。トーク入りのコンサート・シリーズも継続している。今回もトーク付きでそれも収録。深くゆったりとした呼吸から生れてくるバッハ。溌溂として新鮮な感覚を持ちながらも枯淡の境地を感じさせるベートーヴェン。現役で頑張ってほしい。                              

(堀江昭朗)

レッスンの友

 現在日本で最高齢の現役ピアニストである室井摩耶子による米寿を記念してHAKUJU HALL(ハクジュホール)で行われたライヴ録音。今年88歳を迎えた、まさにスーパー・ピアニストである。

 女史は、95年(74歳)から始めた「音楽を聴きたいって何なの?」と題した「トーク&コンサート・シリーズ」を毎年行っており、現在までに20回を数え、子どもから大人まで、多くの人々に感動を贈る演奏活動を行っている。また、昨年からBach語の解読に夢中になり、彼の音楽にすっかりはまってしまったそうである。その魅力から抜け出せず、今年のコンサート(本ディスク)でも、またバッハの曲をプログラムに入れた。

 一方で、ベートーヴェンの最後のソナタも取り上げている。ハウザ−、ロロフ、ケンプの各教授に師事し研鑽を積んだ女史のベートーヴェンはかねてから評価が高く、本ディスクでもまるで年齢を感じさせない、実に見事な音楽を聴かせている。

 

 

 

 


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