長寿たすけ愛講演会2007 in しずおか
2007年9月12日(水)14:00〜14:30
アクトシティ浜松・中ホール
主催:静岡県、財団法人・長寿科学振興財団

 静岡県と財団法人・長寿科学振興財団の主催で、催された「長寿たすけ愛講演会2007 in しずおか」のアトラクションに、現役最高齢ピアニストとして室井摩耶子が出演しました。
 “生涯現役”を目指して活躍中の86歳の日本最高齢ピアニストとして、ベートーヴェンの「月光」ソナタを演奏し、多くの方に勇気と感動を与えました。いつものように歯切れのよいトークも、曲の理解の助けになり、充分喜んでいただけたようです。
 他に、名古屋学芸大学学長・井形昭弘氏の「夢の長寿社会へ〜めざせ100歳」、東京大学名誉教授・小林寛道氏の「みんなで体操〜大腰筋を鍛えましょう」、作家・渡辺淳一氏の「プラチナ世代の生き方」などの講演があり、充実した催しでした。

 

【演奏】 ベートーヴェン「ピアノソナタ14番(月光)」

【トーク抜粋】

 本日は皆様と一緒に楽しみたいと思って選んできましたのが、皆様よくご存じのベートーヴェンの「月光ソナタ」です。この曲は「月光の曲」として世界にかいしゃ膾炙(世の人々の評判になって知れ渡ること)していますが、実はこれは、もともとは「幻想的なソナタ」という曲だったのですが、のちにルードヴィッヒ・レルシュタープが第1楽章について「ルツェルン湖の月光の波に揺らぐ小舟のような」とコメントしたことから「月光の曲」と呼ばれるようになりました。私の若い頃の尋常小学校の教科書に「月光の曲」と題したベートーヴェンの逸話が載っていたことを今も覚えています。それだけではなく、ついには浪花節にまでそのテーマが取り上げられていまして、なぜ覚えているかというと、その浪花節をラジオで放送していたのです。

 実は、ベートーヴェンは、モーツァルトがオペラ『ドン・ジョヴァンニ』の中で悲しみを表現するために三連音符を使っているのに大変感銘を受けたそうで、ベートーヴェンはそのノートの中に音程を記録していました。実際にベートーヴェンはこの曲を自分の友人のお葬式のときにも演奏していますので、本当に悲しみとかせいひつ静謐なところがあるのですが、後世「月光」のほうが有名になってしまったということです。

 この第1楽章のほとんどを三連音符で書いているのですが、これは非常にめずらしいことで、彼が三連音符にいかに魅力を感じていたかがわかります。では、なぜ三連音符なのかというと、ちょっと専門的になりますが、4分音符の半分が8分音符、そのまた半分が16分音符というように刻まれていきます。ところが、三連音符は1拍を3つに分けることですから、簡単なことではありません。たとえば子どもの頃を思い出してほしいのですが、リンゴが1個あって、これを3人の子どもに分けるというのはむずかしいですね。必ずどれかが大きくなり、その分、小さいものが出てきます。三連音符も同じです。ところが、これが音楽としては、時にはもの悲しさといったものを創り出していると私は思っているのです。これが連なって「月光」という名前になったと思います。

 これは聴いてもらわなければわからないと思いますが、演奏家にとっては簡単ではないのです。というのは、さっきお話したように、3つに分けると、必ずどこかにちょっと違いが出てくるのです。ベートーヴェンが書いたように完全に使わないと、曲の感じが出てきません。

 私は学生の頃には、作曲家というのは、インスピレーションによって音楽を書いているのだと思い込んでいたのです。ところが、いよいよ自分が演奏家になって、ドイツにも行って勉強してみると、いろいろな音程や音の流れなどに関しては、いわゆる“音楽文法”というようなものがあって、作曲家はそれを本当に知り抜いて知り抜いて創り出しているということがわかりました。ですから音楽というものは、結局は「音による詩」あるいは「音楽による小説」というのではないかと考えています。

 それで、たとえば普通の詩であれば「雨が」と言ったとすると、聴いた人がそれぞれに「雨が」と思うわけで、そこにさまざまな感情が伝わっている。音楽も同じように、それが緊張になったり、沈静になったり、あるいは悲しかったり、うれしかったりということを音楽を運んでいって、終わりまで一つの物語をつくっていると思うのです。この「物語」というのは、作曲家にとっては一つの方向でしょうし、演奏家にとってもそうです。ところが、聴く人は「私は音楽なんてわからないわ」と思う人が多いのですが、実はそうではなくて、音楽というのは、その演奏を聴いて「いい時を持った」、「うれしかった」、「楽しかった」と思えることが一番の目的だと思うのです。ですから、もしもとても退屈だったら「どうぞ帰ってください」ということになるのですが、今日は是非聴いてくださいね。

 そのように、音楽というのは物語を楽しむというゆったりとした気持ちで聴いてもらえればと思いますので、これから皆様と一緒に楽しみたいと思います。


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